ミニマリストの僕がバスルームに唯一置くアイテム

いつの頃からだろうか、僕は世の中でミニマリストといわれるような生活を送るようになっていた。

特別なきっかけがあったわけではないが、そういえば子どもの頃から雑然とした場所が好きではなかった。

例えば友だちの家に遊びに行くと、やたらと物が床に散らばっていたりする。きっとこれ洗ってないよな、というタオルの隣に、まだ封を開けていないきざみ海苔のパッケージが落ちていたりして。頭に「?」マークが浮かんだものだ。

この、混乱か、イライラか、よく分からない違和感を感じるのが苦手で、そういう家のおばさんに限ってなぜかすごく優くてケーキを出してくれたりするのだけれど、結局二度と行かなかったように思う。

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「?」が頭に浮かぶあの感じは今でもやっぱり苦手だ。人の家に行くとほぼ100%感じてしまう。「?」は、できればなるべく感じたくない。

僕の職場は相当に整然としているとはいえ、やはりちょっとした違和感は日常的だ。コーヒーマシンの隣に並ぶ砂糖のスティックが昨日まで白いシンプルなデザインだったのに、今日はそこにピンクと黄色のスティックが補充されていた。

「?」、である。「?」以外のなにものでもない。

なぜもっとシンプルな同じ製品を、毎回購入しないのだろうか。

とはいえ、砂糖のスティックを買ってきてくれる人たちに何の罪もない。買ってきてくれ他のだから感謝すべきだ。

だからもちろん僕は黙っているし、そういう場面に遭遇したら「(補充してくれて)ありがとう」と言う。

「なぜ毎回同じものを買わないのだ」という「?」は、自分の中で言語化しないようにしている。

きっと自分は神経質なのだと思う。ミニマリストと呼ばれる人たちがみな神経質なのかは分からないが、少なくとも僕はそうだと思う。

いや、神経質とはちょっと違うかな。

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世界には絶対音感を持つ人々がいて、彼らはその場にそぐわぬ音に堪え難い苦痛を感じるそうだ。自分はそれの、視覚バージョンなのではないだろうか。

その場の色彩や質感や、デザインの持つ性格とか方向性とかいうものがほんの少しでも異なるものが一つでもあると、途端にそのことにとらわれてしまう。

異質なものをすぐにそこから排除したくなるのだ。

絶対音感に対して、絶対美感。そんなものがあるような気がしてならない。

僕はだから、バスルームに置くものも、極限まで減らしてきた。ずっと気に入っていたのは、髪も身体も洗えるという外国製のソープだ。これに巡り合ったおかげで、シャンプーとボディソープ2つのボトルを1つに減らすことができた。

けれど、これを使っていると風呂場がだんだんとヌルヌルしてくる。ソープ、つまり石鹸なのだから仕方がないのだが、このヌルヌルを掃除するための洗剤が必要になる。さらには洗剤をこするためのスポンジだって必要だ。

 

ところがこれらすべてを一気に解決する、素晴らしいアイテムについに出逢った。コズグロ スパだ。

温泉ミネラルの洗浄効果を利用して、汚れを落とすのだという。そういえば、入るとものすごく肌がつるつるになる温泉があるが、あれもミネラルの働きなのだろうか。

コズグロもあんな感じで、使うと肌がツルツルになって乾燥しない。

僕は頭も、シャワーでよくすすいだ後に、コズグロで洗ってしまう。短髪だから特に問題はない。

この話を女友達にしたら、「ミネラルには保湿作用があるし、ドイツのオーガニックコスメにはミネラル成分で育毛する製品がある」と教えてくれた。

コズグロで育毛できるかは不明だが、少なくとも頭皮に悪影響はなさそうだ。

コズグロにはいろんな種類があるのだけれど、僕は無香料で泡も立たないベビーバスというものを大袋で購入し、お気に入りのボトルに詰め替えている。

何より気に入っているのが、バスルームの床がヌルヌルしない点だ。温泉ミネラルは無機物だから、有機物である石鹸のようにヌルヌルしてこないのだろう。

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コズグロスパ。とても気に入ったのでしばらくはきっとこれを使い続けるだろう。

 

ところで、異質なものに反応してしまう僕は先日、色んな肌や年齢や背格好や容姿や民族衣装の人々が一堂に会する映像を見た。車椅子の人もいたし、手話を使う人もいた。

そこに僕は、何一つ異質なものを見なかった。何一つ、誰一人、明らかに不要ではない。

自分のうちにこれを見つけた瞬間、久しぶりに涙が滲んだ。

 

ABOUTこの記事をかいた人

美容記者歴30年。美容研究家。国産の旬のナチュラル素材を使った「素朴美容」と、透明感や清潔感を大切にした大人のメイクレシピを研究。 ほどほどのミニマリストであり、お洒落、靴、読書、料理、運動、サプリ、口笛が趣味。美大卒。 ちなみにかつての愛読誌は「オリーブ」と「暮しの手帖」。